名越切通し


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鎌倉七切通しのひとつ、名越切通し

鎌倉から三浦半島へ繋ぐ要路であり、鎌倉を守る防衛の路でもあります。


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それにしても狭い……。人一人通るのがやっとですよ!

良い感じです。


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個人的には、七切通しの中で化粧坂とこの名越がお気に入りですね。。

居心地が好きです。


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古の風が流れる中、ゆっくりと佇んでいたい名越切通しです!


亀ヶ谷坂切通し


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鎌倉七切通しのひとつ、亀ヶ谷坂切通し

鎌倉市扇ガ谷~山ノ内を結ぶ切通しです。


亀もひっくり返るほどの急坂のため、別名 亀返坂とも呼ばれています。

交通路のみならず、防御的な役割も果たしている重要な道ですね。


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源頼朝が安房国から大軍を引き連れて鎌倉入りをする際に通った道であります。

道路は舗装されていますが、両脇の壁面が当時の趣を残しています。


鎌倉入りの感覚、、、何だかワクワクしますね。




巨福呂坂切通し


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鎌倉七切通しのひとつ、巨福呂坂切通し

鶴岡八幡宮の車祓い所~北鎌倉駅付近を結ぶ切通しです。


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極楽寺坂切通し化粧坂切通しと同様、新田義貞率いる倒幕軍との激戦が繰り広げられたといわれています。


現在は完全に整備された道路や私有地となっており、当時の面影が見られる箇所は道祖神の鎮座するあたりのみであります。


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……辛うじて壁面は雰囲気が出ていますね!

ここから何とか当時のイメージを膨らませて思いを馳せていました。。


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そしてこちらは、新道巨福呂坂洞門です。

ちょうど洞門の上部から円応寺方向へ曲がり、建長寺前まで降りていくという感じで巨福呂坂切通し旧道が繋がっていました。


鶴岡八幡宮から建長寺へ行くには、この巨福呂坂洞門を通ることになるので、強く記憶に残っていますね!


朝夷奈切通し


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鎌倉七切通しのひとつ、朝夷奈切通し

当時の面影が色濃く残る切通しです。


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鎌倉~横浜市金沢区を結んでいます。

七切通しの中では最長で、三浦半島や東京湾・房総半島へ出る要所として、北条泰時が指揮を執り整備しました。


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切通しを行く道中には、納骨堂跡や多数のやぐら群・遺構などが見られますよ!


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鎌倉の歴史を全身で感じる朝夷奈切通しです。

趣きある景観に包まれながら、踏破してみてはいかがでしょうか。。




大仏切通し


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鎌倉七切通しのひとつ、大仏切通し

面影が残る、長谷~常磐台・深沢地域を結ぶ切通しです。


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しかし、実際に鎌倉時代から存在していたかどうかについては明確な判断ができないという、謎多き切通しでもあります。。


現在の姿は、新道を開通させるための切り下げ工事の影響や関東大震災での崖崩れなどで倒壊した後の状態となっています。

そのため、一部危険な箇所もあるので訪れる際は十分注意したほうがいいですね。。


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ミステリアスな大仏切通しですが、古都 鎌倉の空気感を味わうことが出来る魅力あるスポットです!



化粧坂切通し


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“化粧坂 もみじが朱に染まる頃”


鎌倉七切通しのひとつ、化粧坂切通し


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鎌倉の光と闇が混ざり合う、何ともいえない空気感で溢れる切通しです。


鎌倉~武蔵国へ向かう物流の拠点であり、鎌倉の内と外を分ける境界でありました。

当時は坂の上に市場や商店街のような場が広がっていて、大いに賑わっていたそうですね。


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しかし反面、討ち取った平家の武将の首を化粧して並べて首実検をしていたという。。

まぁ、恐ろしい場所ですよ。

諸説ありますが、化粧坂の名の由来はここからきていると云われています。


また、新田義貞率いる鎌倉攻めの激戦地でもあり、鎌倉の防衛上で非常に重要な意味を持った切通しであります。


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そんな化粧坂切通しの紅葉を見るために訪れてみたのですが、、、ほとんど緑一色でした。

それでも不思議なことに、化粧坂頂上にある源氏山公園に佇む源頼朝像の一帯だけが綺麗に紅葉していました。


……白旗神社といい、源氏山公園といい、なぜか頼朝の霊気が流れる場所は色づいていますね!